「努力しても無駄」と思い込んでるから

過去に、「自分なりに努力した」ことがあったのかもしれません。

しかしおそらく「大甘な努力」だったのでしょう。
例えばこんな感じ。

定期テスト対策として範囲の英単語を1回書いた。
自分なりによく頑張ったと思う。
それなのに目標にしてた90点台を取れなかった。
前回と同じ35点だった

この程度の勉強で、90点台を取れるなんて、ありえないでしょ!

その程度のことしかしてないで、「自分の経験から言って、努力なんて無駄」と思ってるわけです。
周囲の人々をよく見てごらん。特に成績の良い人達を見てごらん。
何をしているかよく観察してごらん。

言葉で聞いてもダメですよ。
その人達は勉強する習慣がついているから「いや、あまり勉強してないなー」と言いますよ。
どのくらいの時間机に向かったか「勉強したの基準」が違うのですから。

 

「努力すればすぐに必ず成果が得られる」と思ってないですか?

小学生のテストなら前日に勉強すれば必ず成果は得られます。 しかし中学高校と進むにつれ数回の努力でようやく成果が得られるようになりますまる社会人になると10年以上ずっと努力し続けてはじめて成果が出てきたというのは普通にあります。 思った成果は得られなかったという話はいたるところに転がっています。 しかしそういう場合でも努力する過程の中で色々とえられる副産物が多いのです結局行ってみなければわからないしやれば何らかのものが得られるものです。

完璧主義をとっているため

完璧な計画を立てて完璧に実行しようなんて考えると一歩も動けなくなります。完璧な計画を立ててる間に事態は変化してしまいます。 仮に完璧な計画ができたとしても実行過程でトラブルが発生したら実行に傷がついたまるもう嫌になったと言って辞めてしまうこれでは努力なんてできません。 ボロボロになっても計画達成に出て全力を尽くすべきなのです。そのためには完璧主義は邪魔でしかありません。 ボロボロになってもやり抜くには計画時点で予め修正できる余地を含めて 

他の人と自分を比較する。

 世の中には変態的に天才な奴がいます。
異次元だろ!」と言いたくなるくらいです。

そういう人と自分を比べてはいけません。
そういう人はそういう人たちの世界があります。

スポーツで考えたらよくわかります。プロ野球で 活躍している選手がいます。その人たちは二軍の人でも小学生・中学生の頃は地元では「天才ちゃうか」と言われた人ばかりです。 一軍のしかもトップレベルが どんなものだったか 簡単に想像できるでしょう。そういう人たちはそういう人たちの世界で競争しているのです。

自分が好きで得意な分野を見つけてそこでせっせと頑張れば十分ではないでしょうかまる素晴らしいなっていう人と知り合いになれれば少しでもその人に近づける ように一生懸命に真似するといいと思います。それが周囲から見ると努力してる音となるのです

本当にやりたいことではない。

 自分がやりたいことなら一生懸命にします

勉強だって同じです.
仕事も同じです.

しかし現実には,やりたくないことでもやらないといけないわけです。
そんな時には,やるべきことの中に面白さを探しましょう

探したって,そんなものあるはずがない!」と言って,探そうともしない.
それは駄目ですよね。怠け者ですよね。

どんなものでも、探せば何か面白さが見つかるものです。

何か面白さを見つける習慣は、社会に出て仕事をするときに非常に役に立ちます。